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 坐漁荘(ざぎょそう)は、明治の元老であった公爵・西園寺公望が19209年)に 静岡県庵原郡興津町(現在の静岡県静岡市清水区)に建てた別邸。
 公望本人は政治の中枢から離れ、興津の地に別邸を建て、『のんびりと魚釣りでもして過ごすつもり』と云う意味を込めて『坐漁荘』と命名し、東京府東京市神田区駿河台の私邸から移り住んだ。しかし『のんびりと過ごしたい』と隠棲生活を望んだ本人の意思と裏腹に、大正から昭和にかけて激動する日本の政治の数々の局面でクローズアップされた舞台となった。当時の日本政界の中枢人物による興津の坐漁荘詣でが頻繁に行われたと云われる。1940年(昭和15年)に公望が亡くなった後は、西園寺家より高松宮宣仁親王に譲渡された。戦後、宣仁親王の義弟にあたる徳川慶光が一時的に居住したが、その後は再び西園寺家に戻る。建屋の老朽化が著しくなった1968年(昭和43年)に、博物館明治村への移築話が纏まり、1970年(昭和45年)に明治村での移設公開が始まった。その後、2003年(平成15年)には登録有形文化財に登録された。2012年5月23日より建物保存のため大規模工事が行われている。工期は2年ほどの予定。現在、静岡市清水区興津清見寺町115番地に存在するものは2004年(平成16年)に復元されたものであり、興津坐漁荘の名称で一般に公開されている。
坐漁荘で真っ先に春の訪れを告げてくれる白梅 春爛漫、満開の桜の下、坐漁荘の数奇屋風作りの建築的特長がいかんなく発揮されているのを見ることができます
真っ赤な柘榴(ざくろ)の花が咲きます テラスより「杖一竿 洋書若干 古藤椅子」
年に一度のライトアップ 竹の灯篭は一つ一つ真心のこもった手作りこんな幻想的な雰囲気の中でミニコンサートが行われます 一階の床の間を次の間より
フラッシュ・ド・オパール この季節 太陽が傾きかける頃、テラスの窓ガラスを通して赤く燃えた太陽が丸く大きく映り、美しい光景が楽しめます 外から坐漁荘の紅葉を
 
年に一度のライトアップの時のミニコンサート会場になります  






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